不幸視 − 眼鏡屋の呟き

 

 

幸せって何だろう。なんて考えられる人は、自覚が無いだけで幸せな人なんだろう。

私も、考えた事がある。

今思い返せばその時が、1番幸せだったと思う。

 

 では、逆に。

 

不幸って何だろう。なんて考える人は、果たしているだろうか。

 

 え、あなたあるんですか?

ネガティブなんですね。もう少し前向きに生きてみましょうよ。

 

 とか。

言ってみたりして。

 

                  ・

 

 最近、視力が落ちてきた。

製服工場で働いているから、これは結構死活問題なのだけれど。

 と言う訳で、眼鏡を買う事にした。

晴れ晴れとした、気持ちの良い日曜日。

友人に聞いた、安くて物が良いと言う店に行って。

今日の晩ご飯に使う材料も、ついでに買いながら。

と言うかむしろ、そっちメインで。

「あった。ここだ。」

レンガ造りの街並みに、一際目立つ背の低い建物があった。

 看板は無いのだけれど、代わりにショウウィンドウに屋根と同じ深みのある緑色で、

GLASSES”と書いてある。

汚いようで、美しい。古いようで、新鮮な。

 割と、趣のある佇まいだった。

 

同じく緑色のドアノブを押すと、コロン、コロンという、軽快なベルの音。

 店内を見渡せば、壁一面に敷き詰められた、眼鏡、眼鏡、眼鏡。

…悲しくなるくらい眼鏡。

 しかし唯一、正面の壁だけには眼鏡が無く、カウンターが設置されていた。

これまた趣のある古びたレジと、その隣には、真紅のドレスに身を包んだ、金髪の美しいアンティークドール。

「ごめんください」

そして、小さな店に響き渡る、声。

「はーい、いらっしゃいませ。」

どこからともなく店員らしき声が聞こえてくるが、肝心の店員の姿がどこにも見当たらない。

「眼鏡のお求めですか?」

と。

ひょっこりレジの下から、子供が顔を出した。

 子供と言うにはちょっと大きいくらいで、お世辞にも大人とは言えないくらいの。

真っ直ぐに肩よりも伸びた銀髪が、その低めの声のイメージを掻き消している。

 と言うより、少女にしか見えない。

「あ、はい。最近よく目が見えなくなってきまして・・・」

 言い切る前に、明るくも低い声がさえぎった。

「では、店内からお好きなフレームをお選びください。金額はお客様のご都合と交渉次第ですので、あまりお気になさらずに。」

 にっこりと微笑んで、下のほうで結った髪を揺らす。

男の子…だよね…?一応…

 いやまあ、どっちにしても中途半端に変わりは無いのだけれど。

 

 お好きなフレームなんて言ってもね。

この店内から選ぶのは相当時間が掛かると思うけれど。

 

 店内を再び見渡してみた。

勿論変わらず眼鏡、眼鏡、眼鏡。

 殺風景では無いけれど、やはり何かがおかしい気がする。

眼鏡。

ただひたすらに、眼鏡。

 この店の中で華やかと言えるものといえば、綺麗なアンティークドールと、銀髪の少年だけなのだろうか。

 それにしても、高そうな人形だなぁ・・・

ルビー色の目がまるで猫みたいに丸くきょろりとしていて、愛らしくも、気高く美しく。

私のこげ茶色のくせ毛とは大違いで、髪の毛は輝く金色がおだやかに波うっている。

 それにしても珍しい。アンティークドールなんて言ったら、普通は小さな女の子なのに、この人形は少女よりもすこし年を重ねたくらいの、女性なのだ。

「気になりますか?」

「へ?」

銀色の少年が、笑い掛ける。

「いえ、熱心に見ていらっしゃるので。」

人形を示すように、手のひらでジェスチャーをしてみせる。

「ああ、すみません眼鏡も見ないで。素敵なお人形だったものですから。」

銀色の少年は、和やかに笑う。

「ありがとうございます。先代の店主が残して行った物なんですよ。結構大きくて、仕舞っておくには勿体無いので、ここに飾っているんです。ほらこの店、眼鏡だらけで花が無いでしょう?」

ふふふ。

 自覚あったのですか。

分かっているなら何とかしましょうよ。

レイアウトもっと考えましょうよ。

「綺麗な目をしていますよね。この人形。」

「そう言っていただけると、喜んでいますよ。この子も。」

少年は、本気でそう思っているようで。

その言葉には、比喩などまるで感じられなかった。

だから私にもそのとき、本当に、

人形が、笑ったように思えたのだ。

 

これは、

・・・なんて、おかしいんだろう。

この店に入ってから何か、おかしな感じがする。

おかしい。

いや、何がと訊かれては答えられないんだけど。

違和感が、有る。

言い知れぬ、違和感が。

 

“ 見て ”

 

 

「え?」

そのとき、聞こえた。

少女とも、老人とも、青年とも、とれない声が。

「どうかしましたか?」

ふと少年の声で、我に返る。

「いえ、何だか誰かに呼ばれたような気がしたんですけど・・・気のせいみたいですね。」

「そうですか」

少年は少しだけ心配そうに、そう答えた。

 

“こっち見て”

 

 

「え・・・」

まただ。

また聞こえる。

「また何か聞こえましたか?」

少年はさっきと同じように、首をかしげた。

「・・・これ、あなたには聞こえませんか?何だかこう・・・」

「誰かが呼ぶような声?」

私が言い切る前に、少年が問う。

それにはどこか、確信めいた物があった。

「はい。」

少年の瞳が、エメラルド色に光る。

「どこから聞こえるか、分かりますか?」

そしてまた問う。

「えっと・・・」

ゆっくりと、店内を見渡す。

そのたび視界を流れて行く、色とりどりの眼鏡。

眼鏡、眼鏡、眼鏡。

 そして、扉の脇で止まる。

棚に並んだ眼鏡の中に、何かを感じる。

 

“ こっちに来て ”

 

 

棚の前まで、足を進める。

 4段の棚。

たくさんの眼鏡。

そしてその中の一つが、

ちかりと、

 

 光ったような気がした。

 

“そう。ここ。”

 

 

呼んでいる。

そして呼ばれるままに、

 私は、その赤い眼鏡を手にしていた。

 

「大丈夫ですか?」

再び少年が、我に返す。

「あれ、・・・すみません。この眼鏡から声が・・・」

少年に示す。

フレームの黒い猫が、窓から射す光を反射させる。

「驚いたな。」

「は?」

初めて聞く敬語以外の言葉。

 何だかこの少年、私とは違うところで驚いているように見える。

そして笑顔で、また一言。

「あなたは、その眼鏡に選ばれたようです。」

 

 

・・・

「・・・はあ。」

いや。

待て。

待て待て待て。

 何ですか眼鏡に選ばれるって。

不思議な洞窟で聖剣に選ばれるとか、魔法の世界で珍しい杖に選ばれるとかならまだ分かります。聞き覚えもあります。

けど、

街の眼鏡屋で眼鏡に選ばれるって何ですか。

何なんですか。

 せめてそこの人形にしてほしかったのですが。

ここまで引っ張っておいて眼鏡って何ですか。眼鏡って!

最後まで人形で行ってくださいよ!!

「こうなったからには、あなたはその眼鏡を持って帰るしかありませんね。」

少年は否応無しに話を進める。

「貸してください。今ケースに詰めますから。」

かさこそと、レジの下から眼鏡ケースを取り出す音が聞こえた。

「え・・・度とか合わせなくて良いんですか?」

手渡した眼鏡を、そのままケースに収めようとする少年に問う。

「ええ、そうですよ。」

そしてまた微笑み、

 

「あなたを選んだ眼鏡です。あなたの目に合わなくてどうするんですか。」

 

それが当たり前と言わんばかり、確固たる口調で言い切った。

 うわ、どうしよう。ついて行けない。

「さあ、どうぞ。」

少年が、藤紫色のケースを、私に手渡した。

「お幾らですか?」

代金を支払おうと財布を取り出した私を彼は制する。

「お金は良いんですよ。そのまま持って帰ってください。」

笑顔で手を振る少年はまた、これが当たり前と言わんばかりの態度だった。

「その眼鏡、あなたが選んだ訳ではないでしょう。買う気の無かった物を、無理に買わせてしまうのは、やはり一人の商人として許せませんから。」

 ここまで意味不明な展開を引っ張ってきてなお、彼は一般常識を語る。

しかし、そうですかと持って帰ることが出来るほど、私は落ちぶれてもいない。

「でも、この眼鏡だってただでは無いのでしょう?お金でなくても良いんです。私に何か、お礼をさせてください。」

 そう言って食い下がった私を見て、少年は、少しの間だけ上を向いて考えた後、

それでは、と。

 

「あなたのお名前、聞いてもよろしいでしょうか。」

 

 そう一言、私に尋ねた。

 

「ローラレンです。ケイリス・ローラレン。」

そんな事で良いのかと思いつつ答えると、彼はもう少しだけ、話を続ける。

「では、ケイリスさん、お気をつけて。」

 

「ソレが見せるものは、単なる有象無象だけとは限りませんからね。」

 

 

 その翌日、気がつくと、

魔法の眼鏡に選ばれし勇者という、要らん称号を手にしていた。

 

                   ・

 

「で、どうなの?その魔法の眼鏡。」

「どうって聞かれても・・・眼鏡よ。」

翌日工場で、友人と刺繍をしながら話し込んでいた。

「前に私が行ったときは、普通の人がやってたけどなあ。いやまあ。レイアウトは最悪だけど。」

 こんなところでも会話に上るほどに、あれは最悪なレイアウトだったようだ。

「でも綺麗ね。その黒い猫。」

友人リディアが、赤いフレームを見て言う。

「ありがとう。そうね。これくらいだったわ。唯一の救いは。」

「救いって・・・何言い始めてんのよ。あ、綺麗で思い出したんだけど、知ってる?最高傑作のドレスが出来たとかって、朝から工場長が騒いでたのよ。」

 最高傑作なんて、この工場も偉くなったものだ。

「ふうん。どこからの注文のドレスなの?」

「それがよく分からないんだけど、どっかの貴族なのは確かね。宮家の人間じゃないかって話もあるんだけど。あのドレス、ここで生地から織って作ってたみたいよ。」

 宮家からの注文って言うのは、さすがにデマだと思うのだが。こんな小さい工場に、そんな奴が頼みに来る訳無いじゃないか。

「ケイリス?何その嘘臭そうな顔。話に続きがあるのよ。宮家がとかはどうでも良いとして。というか貴族からの注文で金をかけられるから、いつも出来ない装飾ができるって言うのは当たり前よね。それに気付かず舞い上がってる馬鹿工場長、次にそのドレスをどうしたと思う?」

「・・・?どうしたのよ?」

リディアが、にっこり笑って後ろの壁を指差す。

「壁に飾った。」

「は!?」

振り向くとそこには、いや、視線の先の壁には、

丁寧に固定し、吊るされた、ドレスがあった。

「うわー・・・工場長舞い上がってる?」

ざわざわと騒がしい作業中の人々の間でかがやく、紫色のドレス。

「さっきからそう言ってんじゃない。でもまあ、確かに綺麗とも言えない事も無いわよね。」

壁に向けていた指をおろして自分の口元に当てると、リディアはそうつぶやいた。

「物凄く微妙な言い回しね、リディア。ああ、でも綺麗なことには綺麗よ、あの紫。」

 これまた微妙な言い回しをした私を見てリディアは、不思議な顔をした。

「紫?ケイリス、あなたどこ見て言ってるのよ。壁に吊るしてあるのは黄緑色のドレスよ?」

「へ?」

 少し驚いて、自分が見ていたものではない、吊るされている黄緑色のドレスを探す。

しかしまあ当然、そんな馬鹿げた物は二つとして存在してはいなかった。

「黄緑色・・・?」

「全く、週明けでいきなりボケかますんだから。さ、早く作業に戻りましょうよ。終わらないわよ?」

くるりと向き直り、黙々と刺繍を始めるリディアの隣で、私も諦めて刺繍を始めるしかなかった。

私に紫色に見えていたものが、リディアには黄緑色に見えている?

 

そんな馬鹿な話があるのだろうか。

 いや、私に見えていたものがリディアに見えないのではなく、

リディアに見えていたものが、私に見えていないのだとしたら?

 

 もしそうなら、

 

 もしそうだとするならば。

 

原因は――――――

 

「キャー―ッ!!」

悲鳴が聞こえた。

その後にがしゃんと、陶器が割れる音も。

 振り返ると、大きな花瓶の破片が床に散らばり、それを呆然と見つめる作業員が一人。

そして、花瓶の中身で汚れ、破片で傷ついた紫色のドレスがあった。

いや、リディアには黄緑色に見えているドレスが。

「何をしているんだ!?」

悲鳴を聞きつけて走ってきた工場長。

二人に、詰め寄る。

「何だって言うんだ、これは!」

そしてそのとき、私には、彼女が、

紫色に、変わっていくのが見えた。

 

「申し訳ありません!工場長に言われた花を飾ろうとして、・・・ここまで持ってきたのですが、手が滑って落してしまったんです!」

工場長の、罵倒が聞こえる。

「手が滑ったで済む訳があるか!どうしてくれるんだ!?このドレス、今日お客様が取りにいらっしゃるのだぞ!?」

己の出した指令であろうに。そのような事態など、安易に予測できたであろうに。

「申し訳ありません!責任は取ります!出来る限り、何でもしますから!」

工場長は、罵倒する。

「もう遅い!こうなってしまっては、もうどうしたところで何にもならんのだ!」

涙ぐみ、震える手をみぎり締めながら、

必死で謝る作業員を、睨みつける。

「お前、解雇だ。」

工場長は、静かに言い切った。

「そんな・・・許してください、工場長!」

「うるさい!さっさと出て行け!」

彼女を振り払うようにして、工場長は、その場を後にした。

 

 すると拳を握って歩む工場長の背中まで、

私には、紫色に見えてくる。

 

「何よあれ!」

リディアの声が、周囲に響いた。

「結局全部舞い上がってた自分が悪いんじゃない!ケイリス、そう思うでしょう!?」

彼女は、怒り心頭という表情で、私の顔を見てくる。

「そうよね。あれは確かにおかしいと思うわ。」

そう言ってはっきりとした同意を示すも、私はさっきからの不可解な現象で頭がいっぱいになっていた。

「あ、出て行くみたいよ、あの人。」

 先ほどの作業員が、扉から外に出るのが見えた。

しかしそれは紫色ではなく、うなだれる、ただただ不安に満ちた背中だった。

「大丈夫なのかしら・・・」

心配そうに眺めているリディアを尻目に、私は、考える。

 しかしそのとき、またしても思考が遮られた。

去り行く彼女の脇においてある機織り機が、紫色に見えたのだ。

 

これは、いったい、どういう、こと?

 

「工場長、どこに行かれるのです?」

また後ろの方で、声が聞こえる。

「決まっているだろう、先方に謝りに行くんだ。」

見ると上着を着込んだ工場長が、険悪な表情で出口に向かっていた。

 

 つかつかと、歩み寄る。

その背中は、紫色のまま。

 つかつかと、進んでいく。

紫色の、機織り機の前まで。

 

「・・・だめよ」

 

不意に、声が漏れた。

 

「近づいちゃ、だめ・・・!」

 

 

がこん。

 

 

―――― 一瞬だった。

 その一瞬が、永遠に思えた。

長く使っていなかった機織り機が、先日までの付加に耐え切れなくなっていたのだ。

工場長が通り過ぎようとした時、

骨組みが、崩れた。

 その木が。

木の部品の、一つ一つが。

 

彼の足に。

彼の腹に。

彼の胸に。

彼の喉に。

彼の頭に。

 

 襲い掛かった。

 

中にいた全員が、ただその様子を、呆然と眺めていた。

まるで、時間が止まっているかのように。

崩れた木と、下敷きになった工場長を、眺めていた。

誰の目に見ても、

既に息絶えている、

血塗れの肉片を、ただ、眺めていた。

 

                    ・

 

「これからどうしようかしら・・・」

とぼとぼと、広場を歩む。

工場長が亡くなっては、当然工場もいつも通りという訳にもいかず。

かと言って、あまりに突然だったので、遺言状も無ければ、後を継ぐ者もいない訳で。

「無職か・・・」

私は職を失った。

 もう既にあたりは暗く、月明かりと街灯だけが、凄然とした広場を、ぼんやりと照らしていた。

 中心にある噴水から、小さな水の音が聞こえる。

噴水といってもこんな時間なのだから水は湧いておらず、小さな池が、月明かりの下寂しげに、広場の木々を見守っているようだった。

 ざわざわと、葉が擦れる音がする。

池に近づき、中をそっとのぞいてみると、

どこの泉と履き違えたのか、たくさんの硬貨が沈んでいた。

「・・・」

水面に映る、自分の顔を見つめる。

いつも通り茶色く縮れた髪の毛が、肩にかかっている。

じっと池を見つめると、水面の顔は心配そうに悲しげな表情で、こちらを見つめ返してきた。

赤い眼鏡の中から、ベージュの瞳が見つめ返す。

水面にも、こんなに鮮明に映る物なのかと、感心していた。

感心して、いたのだ。

 

いつも通りのベージュが、紫色に変わっていくのに、気付くまでは。

 

「・・・え?」

水に映る自身の瞳を凝視した。

紫色は、徐々に濃くなり、しだいには顔全体へと広がって行く。

顔から喉へ。

喉から胸へ。

 思わず、池から離れた。

そして自分の手を見る。

既に濃い、紫色だった。

 

「何・・これ・・・」

 

紫色に、染まっていく。

自分、自身が。

 

 みしり、と。

直ぐ正面で、音がした。

 

足がすくんで動けない。

しかし間違いなくその音は、

広場に植えられた大きな木から発せられていた。

 

勢いよく、木が、

私に向かって、倒れこむ。

 

「きゃあぁぁぁぁぁっ!!」

恐怖はなかなか声にならず、一瞬遅れて、叫んだ。

しかし、木が私に直撃するような事はなかった。つぶった目を恐る恐る開いた時、

大木は、私の目の前で静止していたのだから。

「危なかったですね。」

声が聞こえた。

低めの、声が。

 

「大丈夫ですか?ケイリスさん。」

 

声の主をたどると、

背の高い銀髪の青年が、そこにいた。

 

無造作に肩まで伸びた銀髪が、風に大きくなびく。

意思の強い眼差し、真剣な表情。

黒い服に身を包んで、じっとこっちを見つめている。

「え・・・誰?」

今目の前にいるこんな人に、名乗った覚えが無い。

でもどこか、見覚えがある。

見覚えはあっても、思い出せない。

「あれ、覚えていませんか?」

青年が、私の疑問を一瞬にして打破した。

「眼鏡屋ですよ。眼鏡屋。昨日ほら、あなたにその眼鏡を渡した者です。」

・・・

・・・・・・

――――――――は。

「めっ、がね・・・眼鏡屋さん!?昨日の!?」

どこまで激しいイメージチェンジですか!!

何かもう別人!!

おかしいって絶対!!仮にも眼鏡屋が何その闇のエージェントみたいな登場!!

「今日、大変だったのでしょう。工場とか。」

私の心情など気にもとめず、眼鏡屋は喋り出す。

「言ったでしょう?あなたはその眼鏡に選ばれた、と。」

昨日の記憶を反芻させた。

 思えば視界に紫色の物が見えるようになったのは、この眼鏡をかけてからなのだ。

気付いていたのに、

考える暇すらなかった。

「何なんですか!?この眼鏡!紫色に見えた物が全部、おかしなことになって・・・」

「その眼鏡は、人や物の不幸を見せる。」

昨日と同じように、青年は私の言葉を遮る。

「これから不幸になる人、物。それら全てを、紫色にうつす。」

そう言って、歩み寄る。

「かと言って、誰でも見ことが出来るものではありません。才能、それに向いた傾向、全て揃わないとその眼鏡を使うことは出来ません。」

私の前まで来て、足を止める。

 

「だから言ったのです。あなたは選ばれた。不幸を見るにふさわしい者に。」

 

「ふさわしい、者?」

「はい。先代の店主であり私の師であり、その眼鏡を作った人間の残した言葉です。これを手にするのに相応しい者がいるならば、勝手に導かれて来るだろう。現れたのなら、迷わず手渡せ、って。」

すると青年は、昨日と同じ笑顔で、続ける。

「と言うかそれ言った翌日に消えたんですよ。何かいきなり。夜逃げに近いものがありましたね、あれは。」

ははは。

「・・・そして不幸と言う物は必ずしも連鎖して起こるんです。」

何事も無かったかのように続けた。

「ドレスを汚した人が解雇され、解雇した工場長は死に、その原因となったのはドレスを織った機織り機。今回はとてつもなく極端ですけど、不幸は必ずしも他の不幸と連鎖して起こります。ドミノ倒しのように、ね。」

青年は、表情を元に戻す。

「え・・・じゃあ、私は?私の不幸は何と連鎖しているんですか?」

未だ静止したままの大木を見て、問うた。

青年は、左手の人差し指を上げる、

「見てたんでしょう?不幸。」

上げた指を、私の目に向けた。

「その目で、全部。」

そしてまた、続ける。

「不幸視って言うのは、ただ見るだけではすまされません。連鎖を見ている以上、その連鎖に巻き込まれることだって少なくは無い。しかし私の師は、肉眼でそれを捉えていました。生まれつきの能力と言いますか、小さい頃から自分の目で不幸を見てきたんです。」

指を、おろす。

「しかし、時が経つにつれ、能力はより強力となってきた。当然その分増えるんです。巻き込まれる頻度も。」

また、指差す。

「だから、その眼鏡を作ったんです。自分の力を半分注いで、誰かが使えるように。」

そしてまた、おろす。

「幸い師は魔術師。眼鏡に自分の力を注ぐくらい、わけありませんでしたから。」

「魔術師ですか?」

初めて出てきた単語に、思わず反応する。

 そう言えば昔この辺りに凄腕の魔術師がいるとかいないとか、リディアが言っていたような・・・

「はい。魔術師です。私も師に魔術を教わっていました。それでたまに眼鏡屋の手伝いしてたんですけど、いなくなったので今じゃ私が店主気取ってます。」

店主気取りって・・・

そう言えばさっきからこの人、微妙なニュアンスで敬語崩れてきてない?

「あ、あなたも魔術が使えるんですか?」

青年は、微笑んだ。

「はい、まだ弟子だったんですけどね。それなりには使えますよ。」

そうか、それで納得いった。

「それじゃあ大木が静止しているのは、あなたの魔術だったんですね。それじゃあ、工場で何があったのか知っているのも、魔術の一環だったんですか?」

そう問うと眼鏡屋は、少しだけ驚いた顔をして、手を振った。

「あ、それは違うんですよ。ちょっとだけ魔術とは違って。」

そしてまた笑う。

「私にも、師みたいに生まれつきの能力があるんです。」

「能力って、何ですか?」

手を下ろす。

「私は、人の未来を見ることが出来るんです。それはまあ、一瞬の画像のようにだったり、数秒の映像だったりもするんですけど。誰のいつを見たいとか出来ないし、見える時間だって選べないし、それが現実になるのが2分後だったり、4年後だったりで全然役に立たないんです。」

でも、と。

青年は私を指して、続けた。

「ケイリスさんの未来は、はっきり見えたんです。人形を見てから今までの24時間と少しが、頭の中を駆け巡りました。走馬灯のようにね。」

 それって死に際の比喩だろう。

「だからここまで来れました。後は、あなたについている不幸を追い払うだけです。」

真剣な表情で、言った。

「追い払う?」

「そう。追い払います。」

言い切ってから、眼鏡屋は静止した大木に向き直る。

「え、どうするんですか?」

とまあ、当たり前の素朴な疑問を口にする。

「不幸は連鎖すると言いましたよね。連鎖、って言っても1つから2つには繋がらないんです。一方が違う金具と繋がっている鎖は、もう一方しか他の金具と繋がないでしょう?」

彼はそのまま、さっきから上げたり下げたりしていた手を大木に向けた。

「まあ、そうですけど。」

ここまで淡々と説明してもらっているが、これから彼がいったい何をしようとしているのか、全く見当がつかない。

「ですからケイリスさん。2つの物を不幸にしなければならない状況に追い込めば、必ずそれらは不幸にならずに、連鎖もそこで途絶えます。」

「で、つまり?」

眼鏡屋は体制を崩さず、私のほうを見てにやりと笑った。

「えーっと。」

 

「木を私達の上に落とします。」

 

・・・

「・・・え。」

 

眼鏡屋は、大木に向けていた腕を真下に振り下ろした。

 すると木は糸が切れたかのように、静止状態から転倒に移る。

そして、私達の真上へと・・・

「いやあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっ!!」

 

  どすんッ

 

鈍い音がして、木が地面に倒れこんだ。

そしてその横に立っている眼鏡屋と、呆然と声も出ない私。

「ね?大丈夫だったでしょう。」

にっこりと笑う人間の顔が、こんなにも憎らしく思えた事は無かった。

「どうしました?ケイリスさん。そんな憎しみのこもった顔で。ほら、自分の手を見てください。もう紫じゃないですよね?」

首を傾げつつ、にこにこと話す眼鏡屋。

確かにもう紫色には見えないが、もう少しやり方とか事前警告とか人の精神力とかのもしもの事態を考えてほしい。

人間という生き物は驚いただけで死ねたりもするのだ。

「はい。そうですね。紫じゃないですね。」

ふふふっと、低く笑ってから、この件については何も言わない事に決めた。

 なんかもう、この手の人は何を言っても無駄だろうから。

「それにしても大変ですね、ケイリスさん。職失っちゃったんでしょう?」

眼鏡屋は心配そうに、私に向かってそう言った。

「まあ、そうですね。明日からぼちぼち探しますよ。まあ今の世の中財政難で女雇うところなんて早々無いでしょうけど。」

まだ少し低い声で、畜生この眼鏡さえなければと言わんばかりの捨てゼリフを吐く。

「あ、そうだ、何ならケイリスさん。」

青年は思いついたように、声を上げた。

 

 

 

「うちの眼鏡屋で働きませんか?」

 

 

「・・・え。」

 

冗談じゃねぇと言いたいところでもあるが、

この不況この状況で何の術も無い私は、

 

 その誘いを断る訳には、いかなかった。

 

 

奇しくもこうして私は、変な眼鏡屋で、眼鏡に選ばれし勇者として、働き始める。