野郎と天才
頭の中で自分が世界の中心だった時期がある。
平行して、他人が大嫌いだった時期がある。
「お前ってホントに天才だよな。」
親友はかつて俺にそう言った。
自分に関心を持たせない天才。
他人を近付かせない天才。
人を払う、天才。
「そんな才能、ちっとも羨ましくないけどな。」
その時のあいつの微笑とも冷笑ともとれない顔が、
ときどき現れては俺の脳味噌をぶんぶんとミキサーにかける。
気持ちが悪くて飲めやしない。
そうだとも。天才の頭はどろどろしている。
「やあ、天才。」
そんな風に帰り際に突然声をかけられては、ビックリしてしまう。
教科書を仕舞う手を止めて、天才は顔だけ上げた。
「前から思っていたけど、なかなか良いねその眼鏡。」
真っ黒な学ランをびしっと着込んで、毛足の長い髪がゆらゆら。
毛先が頬にかかっている。
どう見ても不釣合いなのに、そのコンビネーションがやたらと艶めかしさを増長させている。
西院の笑みは、艶めかしくもシニカルだ。
「何か用」
クエスチョンマークすら付けずに返す。
相手は訊くまでもなく意味無しに話しかけているけどね。
「だから、眼鏡。」
いや、あるのか?眼鏡。
「天才のお眼鏡がどこで売っているのか知りたいのだよ。」
「駅前の一万で買えるとこ。」
すぱん。
教科書に視線を戻す。
「いや、出雲君。君は本当に天才だね。」
西院はすかさずしゃがんで机の高さに顔を持ってきた。
そんな風に見上げられると、天才は内心ちょっとどぎまぎしてしまいます。
「と言うか、何、天才って」
「銀縁眼鏡にモヤシ育ちっぽい白い肌。正にインテリの鏡だ。」
うるせぇよ。
「知識があるなら天才ってわけでもない」
西院はきょとんとした。次のからかい文句を封じられたのだろう。
他人に対し、天才は次の言葉を探させない。
「いやいや、冗談だ。僕が出雲君を天才と呼んだのには別の理由があってだね。」
話変えやがった。
「君って本当、人を払う天才だよな。」
え。
「自分から孤立する。孤立と言う異端的な存在でありながら、他人に自分に対して興味を抱かせない。
他人を寄せ付けないことに関して、天才。」
もしかすると口が開きっぱなしになっているかもしれない。
あまりにも唐突に、頭の中の一番深い所を握られた感じだ。
いや、良くわかんない。
「そういうお前はなんでそうなんだ。」
会話を続けたくはなかった。
しかしそれ以上に西院の言葉の続きを聞きたくなかった。
でも話題変換はちょっと間違ったかもしんない。
「そう?いいね、天才。それで良い。それが一番良いんだ。
これはそっち層を狙っているようでそれだけって訳でもない。」
案の定、天才には訳が分からない返答だった。分かる返答でも多分困るけども。
「喜んだ後でなんだが、そう、と言うのは僕の口調の話か?」
「全部かな。」
こいつ。
いつもは男と一緒くたになって遊んでいるくせに、
体育のときだけはちゃんと女子の格好をして、女子と一緒に授業を受けるのだ。
紅一点と言うわけではなく、仲間の一人として輪の中にいて、違和感を全く与えていない。
男装と言うより、学ランを来た一人の人間。性別の観念とやらを端から無かったことにさせる。
艶めかしい雰囲気は、それとは別の意味で異質だけれど。
西院はきっぱりと言った。
「僕はね、女共と疎外感が大嫌いなんだ。」
「意味が分からないんだけど。」
するとまた上目づかいにきょとんとして、
「仲良くしてくれ、ってことだよ。」
と、微笑んだ。
しかし女共とくるか。
なかなか濃い物を腹のうちに秘めているようである。
「僕はね、なんというか、野郎になりたいのだよ。」
「・・・野郎。」
「あの縫いぐるみみたいなもこもこしたペンケースもって、もこもこした服を着て、
頭の中までもこもこした感じの、もこもこした奴等と一緒くたにされたくないんだ。
女はもこもこしているもの。そんな常識反吐が出る。」
「もこもこ・・・」
「お部屋に入ってみろ。もっこもこの布団に絨毯にクッションにお洋服に縫いぐるみに。
しかもピンクだ。ピンクなんだ。頭の中までピンクに染まっているんだよなあの連中。
ときどき水色も混ざるんだぜ。青空の色だ。青春だ。春まっしぐらだ。いずれ余らして売り始めるぞ。」
聞き始めると結構マシンガンな野郎であった。
ぬー。こいつが猥談に混ざってきても全然違和感が生じないと言うのは真実やも知れぬ。
天才は薄っすら引きながらも感心してしまう。
「見ていて汚い。臭い。気持ちが悪い。でも僕は孤独や孤立と言うのが嫌いなんだ。
だから野郎になりたい。性転換したいとかじゃなくて、心の友を得たいのだよ。」
すらっと言い切った。
こいつがこんなに話をする所を見たことがない。
いや、ずっと同級と話なんてしていないけれど。
他の奴らと遊んでいる所を見ていると、もっと大人っぽい奴だと思えたのだが。
「冗長だったかい?」
「いや。」
気付けば天才は教科書ではなく野郎の話に集中していた。
あ、ちょっと危ないかな。
「まあ、だからこそ僕は気になってしまったのだよ。」
駄目だ。
これ以上先を聞いてはいけない。
多分すごく都合が悪い。
「君は自分の力で男子からも、もちろん女子からも孤立していると言うのに、
世の中の半分の人を毛嫌いしている僕には。
君が人が嫌いで嫌いでたまらないという風には全く見えないんだ。」
ぶん。
天才はまた、ミキサーにかけられる。
どろどろしてきた。
あいつの顔がフラッシュバックする。
野郎、分かっててやってんのかな。
俺の表情を見て、野郎は確信めいたものを目に滲ませた。
「嫌いじゃない、というか。」
饒舌ぶりに毒されたらしい。
つい口に出してしまった。
「他人が大嫌いだった頃があったんだ。」
野郎の目が、じっと天才を見つめる。
今日、と言うか今初めて話した人間に、こんなにオープンになって良いものなのか。
そう思いながらも、一度動かした口は最後まで止まらない。
「その頃の唯一の友達が、俺を庇ってトラックに轢かれて死んだ。」
一瞬、時間が止まったような気がした。
「それで天才は、他人と関われないのか。」
野郎が天才の代弁をする。
「自分のために死んだ奴がいるから。
他の人間と生きて、埋め合わせのようなことは出来ないから。
親友がいなくなっているのに、自分だけ平然と生活出来ないから。
後ろめたいから。」
そしてぼとりと、感想。
「ベターだな。」
トラックは余所見をしていた。
もともと通る人も通る車も少ない道だったのである。
帰宅途中でそこを横断していた俺たちだって、
川原の白鳥さんに気を取られて歩行者に気付いていないトラックの存在なんて、予想だにしない。
そのままのタイミングなら、俺はトラックのライトとライトのちょうど真ん中にばっちり嵌っていただろう。
しかし、最初にアニマル好きトラックの存在に気付いたのは相方の方だった。
それなりにスピードが出ているトラックがすぐそこにいて、とっさに奴は。
俺を反対側のガードレールまで。
渾身の力を込めて蹴り飛ばした。
何故足だったんだ。
突き飛ばしたのでは間に合わなかったのか。
手を使っていれば足はまだ自由だったはずだ。そのまま自分も逃げられたんじゃないのか。
考えるたびに脳裏を掠めるあの顔。
微笑と冷笑が入り混じったような表情。
あるいはもっと別の感情。
あいつは最後の瞬間まで、それを俺に向けていた。
「歩くのが速いな、天才。」
「黙れ。帰れ。」
「帰っているだろ。僕の家もこっちだ。」
何で一緒に学校の外を歩いているのか。
いや、ベターとか言われて怒って校舎を出た俺に、野郎が勝手に付いて来たのである。
放課後のちょっと暮れかかった頃。
みんなが部活やら家やらにとっくに行ってしまった頃だった。
野郎は小走りで付いてくる。歩幅は結構でかい。足長いらしい。
「そんなに癇に障ったのか。」
無言をもって答える。
「待てって。もっと話をしようぜ。天才。」
この空気で、よくもそんな能天気なことを言えるものだ。
野郎は更に足を速め、天才の腕をつかむ。
「待てと言っている。」
天才はぴたりと足を止め、野郎を睨んだ。
野郎の髪は多少乱れている。艶めかしいその顔は、
驚くべきことに、すごくにやにやしていた。
「お前全然反省してねえじゃねぇか!」
ばしっと腕を振り払う。
「いやいや。しているとも。ガラスの少年時代の脆いハートをブロークンしてしまったのだから。」
何その90年代の香り。
「将来この少年の日を思い出したときの君の心情を思うともう、複雑に超楽しい。」
「複雑か?それは本当に複雑なのか?」
からかわれている上に、ちょっぴり上から目線だった。
こんなやり取りをしていると怒りの方向が変わってきて、
腑に落ちないが、何か和らいでいくのを感じる。
「ほら、お詫びにこんな度胸試しをしてやろう。」
そういって野郎は、滅多に車の通らない道の真ん中へ行って、大の字に寝そべった。
「・・・お前は公道という言葉を知っているのか。」
「さあ。君の辞書にはあるのか?」
「うるせえよ。」
なぜか時間は、のんびりと過ぎた。
暮れかかっている空。赤くなり始めた太陽。
野郎の影を濃くしていく。
「おい、好い加減・・・」
ふと気付く。
遠くからタイヤの音が聞こえる。
道の反対側のガードレール、
その向こうの白鳥さんたち。
嫌だ。
トラックが近づいてくる。
とっさに、叫んだ。
「野郎、よけろ!」
間に合うだろうか。
突然すぎて体が動かない野郎を見て、そう思った。
どうすれば間に合うだろうか。
べったり体が地面に付いている野郎を見て。
スローモーションで時間が流れる。
きっと、起き上がらせてからでは遅い。引っ張ったって間に合わない。
でも。
でもさ。
もしかして?
「気張れぇーッ!」
「は!?」
目をまん丸にしている野郎を、
わき腹の辺りをすくうような感じで、
渾身の力を込めて蹴り上げた。
ぽーんと。
向こう側に着地しようとしている野郎を見て、色々な思いが頭を掠めた。
と言うか思うに、女だからってみんなもこもこしていてピンク色って訳じゃないだろ
変にキャラ作らなくても、お前、それなりに見所あるぞ
自分の世界なんて、わざわざ決めなくても良いんじゃねぇの?
そのとき見えた野郎の顔は、ほんの少し、微笑とも冷笑ともとれない笑みを湛えていた。
そっか。
そうだったんだな。
どぼん、と音がして、
川の中で俺は、白鳥さんが勢い良く飛び去っていくのを見た。
さてさて。何があったのだろう。
後から聞くと、野郎の運動能力はその辺の学生の並みではないらしい。
俺に蹴り上げられた後、綺麗に道の向こう側に着地して、
逆に道の真ん中の俺を引っ張った。
そして実際どんな風だったのか、速過ぎて全く覚えていないのだが、
野郎、俺を見事な巴投げでガードレールの向こう側にかっ飛ばしたらしかった。
巴投げって本来そういう技だっけ?
「おい・・・!」
川から顔を出して見上げると、ガードレールの向こう側で野郎がにやにやしていた。
わき腹をさすっている。
うーん。我ながらちょっと悪いことをした。
だから川に入れられたのかもしれない。
おお。しかし眼鏡は奇跡的に無事。
「お嬢ちゃんまた寝てたのかー」
なんて、能天気に声を出しながらトラックのおじさんは笑っている。
トラックはごく当たり前のように、野郎が寝ていてところの1m前で停車していた。
突っ込むまい。決して突っ込むまい。
「じゃあ、またな嬢ちゃん。」
「ああ、またな。」
親しげに手を振りながら、野郎は走り去るトラックを見送った。
「さて、気分はどうだ、天才君。」
振り向いた顔は、とても優しげな笑顔だった。
ゆらゆらと髪が揺れる。
「・・・野郎。」
全て見透かしたような艶めかしさ。
野郎はにっこりと最上級の笑顔で、言う。
「僕もちょっとは君のお眼鏡にかなったかな。」
その笑顔に。
俺はいつの間にか。
在りし日の親友を思い出していた。
「・・・西院」
銀縁眼鏡は多分合格判定を下した。
「結婚してください。」
「うぜぇ。」
野郎の声は、ちょっと聞けない低さだったと思う。
冗長に後書き↓
基本的にやりたかった事が出来たのでそれでもう後は良いのです。
というか後の祭りなのです。
やりたかった事、「自分を天才と呼ぶ主人公」。電波じゃね?
って、したかったけど出雲君の場合は自虐にしかなっていませんね。
あれ?駄目じゃね?当初の用件すら果たせてなくね?
良いのです。出雲君に負けないくらい電波な子を作った挙句そっちの方が浮いてしまっても。
西院さんがちょっと気に入ってしまいまった。
どうしましょうねぇ。学ラン少女と言う新たな境界に目覚め・・・ないない。
西院さんは「にしいん」ではなく「さい」ですよ。どっちでも良いけども。
だって野郎としか呼ばないのだもの。
裏はあっても腹黒くない。そんな女の人が好きです。
とりあえず、青春臭くなっちゃうかな、と思いきやよく分からん空気ですハイ。
最後に無理やり頑張って付け足しました。
おそらく出雲君はこれっぽっちも本心から話していないんじゃないかと。私の意思ですと。
まあ、仮に続編があるとするならあのセリフから続くのでしょうね。
ぬう。これっぽっちも本心じゃなかった感をバリバリにぃ。
あと好い加減に人死に以外のトラウマを思い付けるようになりたいものです。
あまりにも浅い上に不謹慎ですよ。こういうのに親友の死っていうのは。
・・・と、勝手に考えております人体ヲタでした。
誰か人体の不思議展に連れて行っておくれ。ていくみー。